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[※♀暗渠の底よりお慕い申し上げます@]
『くらくらり、』More様から頂きました!










じわり、と目元から熱が奪われていく感覚に気づいた。目を開いている筈なのに視界は未だ暗く、臨也は煩わしげに目元を覆っていた物体を手に取った。先程目元に感じた濡れた感覚が冷たい素肌に伝わる。身体は夏にも拘らず冷たい。だというのに再び意識を奪おうとする内側からの熱は冷めないようだった。
「ああ、起きたのかい?」
若干揺れる視界の端に白い布が映った。徐々に姿を現す旧知の闇医者以外の何者でもなかった。薄っぺらな笑顔を浮かべて近づいてくるのでソファの上に倒していた身体をゆっくり起こして、乱れた髪を手で緩く整える。髪や衣服に目立った乱れは無かった。熱中症だね、と簡潔に伝えられた言葉は熱に浮かされた頭でも飲み込むことは容易かった。そこで自分が町の路上で倒れたことを思い出した。気を失っていた時間は短かったらしく、さほど窓から覗く空の色に変わりはない。いくつかの義務的な問診で新羅もある程度の状況は把握したようだ。
「迷惑をかけたね」
顔も見ずにそう告げ立ち上がった。自分の情報が正しければこの闇医者の愛する彼女が帰ってくる時間だ。
胸焼けするほど甘い空気など見たくもない。わざわざそんなものを見る道理なんてなかった。いつの間にかハンガーにかけられていたサマーコートを手に取る。手早く羽織ると頬に柔らかなファーが触れた。
「もう出るのかい?」
白々しいな、と思ったが口には出さなかった。俺のことなんて何とも思っていないくせに、と頭の中で呟く。女々しいと十分自覚はしていた。
「この後急ぎの仕事があるからね。それじゃ」
もちろん嘘だった。嘘をついて痛む心など生憎持ち合わせてはいなかった。玄関のドアに手をかける直前にそのドアが開いた。入れ違いに帰ってきたセルティは臨也の顔を見て若干驚いているようだった。彼女がPDAに文字列を打ち込む前にするりとその横を抜ける。後ろから新羅の、セルティ、と甘ったるい声が聞こえる。早歩きでエレベーターの方向へ向かう臨也の後姿に新羅が一言、
「臨也、僕だって一応君の事を大切に思っているんだからね?」
いつ心を読まれた?なんて問いかけてみたくなるような、何にしても何より甘美で残酷な言葉をかけられる。それに心を揺さぶられたのか、十数秒してエレベーターに乗る直前少し振り向いた臨也の目に
飛び込んだ臨也の目に映ったのはセルティを抱きしめる新羅の姿。臨也は目を伏せた。片手間に言われた言葉など何の意味も持たないと悟ったのだ。エレベーターに乗り込み、ドアが閉まって降下するまで臨也は視線を下に向けたまま動かさなかった。
そんな臨也を見て、新羅は思い出したように言った。
「そういえばここまで臨也を連れてきたのって誰だったんだろう?」

***************

事務所に着くと、臨也は空調のスイッチを入れた。頬に熱が集まっているのを感じたが、汗は大してかいていなかった。そういう体質だった。それでも蒸れる感覚が不快ではあったので軽くシャワーを浴びる事にした。話す相手もなく、ただ黙々とシャワーの用意をする。不意に思い出したのは先程の新羅の言葉。確かに嬉しいと思ったことは認めるとして、一瞬でもセルティを妬んでしまった事を少し恥ずかしく思った。思い出すだけでじわり、と染み出すようなどす黒い感情を心地よく思えるほど破綻してはいない。認めざるをえないというより、ずっと前から気づいていた。自分は新羅に恋をしているのだ。
かといって、臨也が同性愛者だというわけではない。若干しっとりとしている
黒いインナーを脱ぎ捨てると硬い布に潰された柔らかな胸が現れた。
中央に添えられた蝶々結びを解くと、しっかりとその胸は存在を主張する。さほど大きいわけではなかったが綺麗な形と言えた。洗濯物かごに全て放り投げて風呂場のドアを開ける。臨也の服を洗うのは秘書を務める波江の役目だ。乱雑に詰まれたそれを横目で見て、苛立っている彼女の顔が浮かんだ。
シャワーヘッドから流れる水が臨也とタイルの床を叩く。乱れたそのリズムは臨也の心に重く響いた。
「…さむ」
拭い切れなかった水が滴る身体に効きすぎた空調の風が当たる。空調の設定温度を上げてもすぐには部屋は暖かくはならず、いつものインナーでは少し寒かった。愛用のサマーコートを羽織る。この後出かける予定も、人に会う予定もなかったので胸を潰してはいなかった。来客用のソファに寝そべると素肌に冷えた革が気持ちよかった。瞼が鈍くなる感覚に気づいたが、抗う体力は残っていない。瞼をくっ付き合わせて視界が暗くなる。代わりに異様に研ぎすまれた感で、数秒も経たないうちに跳ねるように目を開き身体を起こした。サマーコートのボタンを手早く留める。即席で潰された胸の奥で心臓がいやに響いた。


 



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